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昨日朝方父の入院している病院から昨日退院だと言うのに容態急変の電話を貰い、便秘と低ナトリウム血症の治療で入院していたのにびっくりして駆け付けたら一時間も蘇生措置をしている。といわれなんで、もっと早く連絡してくれなかったのか?たまたま見回ったら、息をしていなかった。と言われ、胃ろうをしているにも関わらずベッドはフラット状態だし、
酸素も気切が有るにも関わらず、空焚き状態のものを直接気管に流されていて、びっくりして看護士違う三人にきいても特種な物だから大丈夫だと言われ。ナースコールも手に持たせては取られ手に持たせては取られ、口のきけない動けない事をいい事に、結局喉はカピカピのまま苦しいんで、1人で死んで行ったのかと思うと切なく可哀想でなりません。家族中各自皆で自分を責めてしまい。私や子供達も自分達の何がいけなかったのか?大事なおじいちゃんなので、娘や息子も夜中2時3時頃迄交替で起きていてくれ、その後私が夜勤みたいな感じで、起きて皆おじいちゃんが大好きだったから、一生懸命やっていたのに無念で仕方が有りません。もう夜中に起きる事もしなくていいのに、目が覚めてしまう。胃ろうやネブライザーや吸引器の消毒したものを見ると胸が苦しくなる。
もうおじいちゃんは居ないのかと思うと、あのベッドにもう誰も寝る事は無いのかと思うと寂しくて胸が張り裂けそうです。
後一日早く退院させていたら、まだ生きていたかも知れない。後悔先に立たずとはこの事かと。もっともっと色々と行かせてあげたい所が有った有った。おじいちゃんも春になったら近くの公園で、桜を見るのを楽しみにしていて家ではリハビリも頑張っていたのに。こんなことになるなら大好きだったお酒を飲ませてあげるんだった。下咽頭癌になり、大好きだったタバコをまず辞め、放射線の後遺症で骨髄炎になりOS1で割った少量のお酒も我慢して。家族の事を一番に考えて、看護士さんにもおしっこが出ていても忙しそうだからと我慢して、皆に迷惑をかけまいと一生懸命だった父。本当に至らない娘で、申し訳無い思いで一杯です。でも、父はもう痰引きの苦しい思いや、歩けなくなった寂しさや、飲め無くなったおさけや、大好きだったものや、やりたい事を好きなだけ食べたり、出来る様になったんだね。今迄本当にごめんなさい。そしてお疲れ様でした。
いつまでも皆おじいちゃんが大好きだよ。
其だけは忘れないでね。